【ちりぬるを】――勉強する子は、どうやってつくられるのか【第21話】

第21話 私は、ほとんど教えていない

9月13日。

中学2年生が、

『英語 完全攻略3年』を、

最後まで終えました。

中学3年の範囲です。

ここまで書くと、

私が横について、

中3の英文法を、

一つずつ教えているように見えるかもしれません。

違います。

私は、生徒にほとんど教えていません。

本人が、

教材の解説を読む。

問題を解く。

答え合わせをする。

分からなければ、

もう一度解説を読む。

そして、

次へ進む。

数学も、

基本的には同じです。

■ 授業をしているわけではない

私が前に立って、

公式を板書する。

例題を解説する。

「では、類題をやってみよう」

そういう授業は、

ほとんどしません。

生徒が、

参考書を開く。

解説を読む。

例題を見る。

自分で考える。

問題を解く。

間違える。

解説を読む。

また解く。

それでも分からなければ、

保留して先へ進むこともあります。

基本的には、

この繰り返しです。

■ では、私は何をしているのか

「それなら、家でもできるのではないか」

当然、

そうなります。

その通りです。

自分で、

適切な教材を選び、

適切な順番で、

適切な量を、

毎日続けられるなら、

家でもできます。

では、

私は何をしているのか。

何をやるか。

どこまでやるか。

いつ戻るか。

そして、

もう一つあります。

その教材が、本当にその生徒に解けるものなのかを判断する。

ここです。

■ 朝8時に来て、私も問題を解く

私は、

朝8時に教室へ来ます。

そして、

生徒にやらせる教材を、

自分でも解きます。

夕方まで、

問題を解いていることもあります。

英語。

数学。

物理。

化学。

生物。

科目が多いので、

もちろん、

すべての問題を解くことはできません。

それでも、

できるだけ、

自分で触ります。

なぜか。

自分で解いたことのない問題を、生徒に「これはできる」とは言えないからです。

■ 生徒が解けなかったとき、何が悪いのか

例えば、

生徒が数学の問題を解けなかった。

そのとき、

理由はいくつも考えられます。

本人の基礎が足りない。

前の単元が抜けている。

解説をきちんと読んでいない。

計算力が足りない。

あるいは、

単純に、

その問題が難しい。

ここを区別しなければなりません。

私自身が解いていなければ、

生徒が0問だったとき、

「もっと考えなさい」

と言ってしまうかもしれない。

でも、

自分で解いてみて、

「これは難しい」

と感じた問題なら、

話が変わります。

生徒の能力だけを、

原因にしなくて済みます。

■ 「できない」を、生徒のせいにしたくない

私は、

生徒の記録を、

かなり細かく残しています。

2問中0問。

5問中2問。

10問中4問。

数字だけを見れば、

できていません。

でも、

その数字だけで、

「この子は理解していない」

とは言えません。

問題そのものの難易度があります。

教材との相性もあります。

だから、

自分でも解く。

自分が苦戦した問題なら、

高校生が苦戦するのは、

不思議ではない。

逆に、

これは今の力なら解けるはずだと思う問題で、

何度やっても解けない。

そのとき初めて、

前の範囲へ戻すことを考える。

生徒を測る前に、問題のほうも測っておく。

そのために、

私自身が問題を解きます。

■ 数Ⅲは、かなり大変だった

これは、

私にとって簡単なことではありませんでした。

私は、

高校時代、

文系選択でした。

だから、

数Ⅲ。

物理。

化学。

このあたりは、

改めて自分で勉強しなければなりませんでした。

特に、

数Ⅲ。

生徒に、

「黄チャートをやろう」

と言う。

なら、

自分も開く。

解説を読む。

問題を解く。

分からない。

また読む。

生徒にやらせていることと、

同じです。

■ 物理も、化学も

物理も、

化学も同じでした。

文系だった私にとって、

最初から自由に扱える科目ではありません。

だから、

参考書を読む。

問題を解く。

間違える。

戻る。

また解く。

これは、

生徒が教室でやっていることと、

ほとんど変わりません。

私は、

「自分で解説を読んで勉強しなさい」

と生徒に言いながら、

自分も、

同じ方法で勉強しています。

そう考えると、

少し面白い。

ワカスクで、

一番先に自学自習を試しているのは、

私なのかもしれません。

■ 共通テストも、自分で受けた

大学入試について、

生徒にアドバイスする。

共通テストは、

時間配分が重要。

数学はこう。

理科はこう。

問題量はこう。

言うだけなら、

できます。

でも、

私は、

一度自分で受けておきたかった。

実際に、

あの時間の中で、

問題を読む。

考える。

焦る。

時間がなくなる。

次へ行くか迷う。

それを経験しないまま、

「時間配分を考えよう」

と言っても、

自分の中で実感がありません。

だから、

共通テストも受験しました。

理系科目で受験しました。

文系選択だった私が、

数学や理科を勉強して、

実際の試験を受ける。

一度やっておかないと、

生徒にアドバイスできないと思ったからです。

■ 点数より、分かったことがあった

自分で試験を受けると、

参考書を見ているだけでは分からないことがあります。

時間が足りない。

文章が長い。

知識があっても、

すぐには使えない。

一問にこだわると、

後ろが崩れる。

「これは難しいから飛ばしたほうがいい」

という判断も、

実際に時間を測って解かなければ、

分かりにくい。

そして、

生徒が、

なぜ模試のあとに疲れているのかも、

少し分かります。

■ 「教えない」と「知らない」は全く違う

ここは、

私が一番区別したいところです。

教えないことと、知らないことは違う。

私は、

できるだけ教えません。

でも、

だからこそ、

教材については知っておきたい。

この問題は、

どのくらい難しいのか。

この一冊を、

どのくらいの時間で進められるのか。

どこで止まりやすいのか。

どこは飛ばしてもいいのか。

次に何をやればいいのか。

それを知らずに、

「自分でやりなさい」

と言えば、

ただの放置になります。

■ 教える時間を、準備する時間へ移した

一般的な塾なら、

先生が授業をする時間があります。

ワカスクでは、

その時間がかなり少ない。

その代わり、

私は、

朝から問題を解いています。

考えてみれば、

やっていることを、

前へ移しただけなのかもしれません。

生徒が来てから、

生徒の前で問題を解説する。

のではなく、

生徒が来る前に、自分で問題を解いておく。

そして、

生徒が来たら、

本人に解いてもらう。

私は、

その記録を見る。

■ 数学が苦手な生徒にも、教えなかった

高校1年生の夏。

数学が苦手な生徒は、

数学の教科書を読んでも、

分かりませんでした。

そこで、

私が横について、

高校数学を教え直したわけではありません。

中学1年数学まで戻しました。

そして、

本人に、

自力でやり直してもらった。

中1。

中2。

中3。

読む。

解く。

間違える。

また読む。

2学期。

高校数学へ戻る。

すると、

教科書を使って、

自分で勉強できるようになっていました。

私は、

この変化を、

かなり大きく見ています。

■ 私が教えれば、今日の問題は解ける

分からない問題がある。

私が横に座る。

説明する。

本人が、

「ああ、分かりました」

と言う。

その日の問題は、

解けるかもしれません。

でも、

翌日、

私がいなかったら。

次の単元で、

また止まったら。

私は、

また説明しなければなりません。

それを、

高校卒業まで続けるのか。

大学へ行ったあとも、

誰かに説明してもらうのか。

私が作りたいのは、

今日の一問を解ける生徒ではありません。

次の一問を、自分で調べて解ける生徒です。

■ だから、私が先に苦労する

数Ⅲ。

難しい。

物理。

難しい。

化学。

難しい。

私自身、

何度も止まります。

でも、

それでいいと思っています。

自分が止まったから、

生徒が止まったときに、

「なぜ分からないんだ」

ではなく、

「ここは難しい」

と言える。

自分が一時間かかった問題なら、

生徒が30分考えていても、

すぐに止めなくていい。

逆に、

この問題なら、

今の教材を読めば解ける。

そう判断できれば、

すぐには教えず、

もう一度考えてもらうこともできる。

教えないためには、こちらが勉強しておかなければならない。

一見、

逆のようですが、

私はそう思っています。

■ 一番勉強しなければならないのは、誰なのか

朝8時。

教室を開ける。

生徒は、

まだ来ていません。

机に、

参考書を置く。

数Ⅲ。

物理。

化学。

問題を解く。

夕方になる。

生徒が来る。

私は、

授業をほとんどしない。

生徒が、

自分で参考書を開く。

解説を読む。

問題を解く。

その横で、

私は記録を見る。

この塾では、

先生がたくさん話すわけではありません。

でも、

だからといって、

先生が勉強しなくていいわけではない。

むしろ、

逆なのかもしれません。

生徒に自分で勉強してもらうためには、
その道を、私が一度歩いておかなければならない。

全部は歩けません。

科目も、

問題も、

多すぎます。

それでも、

できるだけ歩く。

そして、

「あそこは急です」

「ここは飛ばしていい」

「この先で一度戻ろう」

と伝える。

私の仕事は、

生徒を背負って山を登ることではなく、

先に少し歩いて、

道を確認することなのかもしれません。

私は、

ほとんど教えていません。

その代わり、

今日も、

生徒が来る前に、

問題を解いています。

(『ちりぬるを』第21話 了)

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