熊本若葉スクールでは、自習室に誰が何時間いたのかを毎日記録している。
この記録を始めた理由は単純だ。
「勉強しなさい」と言い続けることよりも、周囲が当たり前に勉強している環境に身を置くことの方が、学習習慣を変えるのではないか。
その仮説を、印象ではなく数字で確かめてみたい。
第14週は、2026年10月18日(日)から10月24日(土)まで。
今週の自習室滞在時間は、
合計95時間06分。
前週は105時間06分だったので、
10時間00分減。約9.5%の減少となった。
数字だけを見れば、先週より少ない。
しかし、一週間の中身を見ると、中学生を中心に「来ること自体が普通になってきた」様子がかなりはっきり見える一週間でもあった。
10月18日(日) 合計10時間20分
中2 C 12:00〜15:08 3時間08分
高2 オ 12:37〜15:00 2時間23分
中2 B 11:00〜12:55 1時間55分
高2 ケ 14:27〜16:00 1時間33分
高1 ク 14:09〜15:30 1時間21分
日曜日は5人。
長時間というほどではないが、中学生と高校生が混ざって、それぞれ1〜3時間程度勉強している。
この「誰かがいる」という状態そのものが、自習室では大切だと思っている。
10月19日(月) 合計11時間51分
高1 コ 17:11〜20:00 2時間49分
高2 オ 17:18〜20:00 2時間42分
中2 C 17:30〜19:53 2時間23分
高2 カ 18:00〜20:00 2時間00分
中2 A 17:11〜19:08 1時間57分
平日の放課後。
この日もAはほぼ2時間、Cは2時間を超えた。
特別な長時間学習ではない。
しかし、この「2時間くらい」が繰り返されることに意味がある。
10月20日(火) 合計12時間04分
高2 シ 17:00〜19:52 2時間52分
高2 ケ 17:00〜19:30 2時間30分
中2 A 17:07〜19:10 2時間03分
高1 ク 17:37〜19:35 1時間58分
中2 B 17:37〜19:35 1時間58分
高2 キ 19:17〜20:00 43分
この日もAは2時間03分。
Bとクもほぼ2時間。
最近の中学生を見ていると、
「今日は2時間も勉強した」
という感覚から、
「今日も2時間くらい」
という感覚へ少しずつ変わっているように見える。
この差は大きい。
学習習慣を作るうえで重要なのは、一度だけ5時間、6時間勉強することではない。
普通の日の基準がどこにあるのかだと思う。
10月21日(水) 合計14時間58分
高2 ケ 16:24〜20:00 3時間36分
中2 C 17:20〜20:00 2時間40分
中2 A 17:00〜19:15 2時間15分
高2 シ 17:53〜20:00 2時間07分
高2 オ 18:20〜20:00 1時間40分
高3 イ 18:20〜20:00 1時間40分
水曜日は約15時間。
高校生が増えると、自習室全体の滞在時間も伸びる。
ただ、ここでもAとCが普通に混ざっている。
高校生が数時間勉強している横で、中学2年生も2時間以上勉強する。
こういう光景が日常になることこそ、今回記録している「空気」の正体なのかもしれない。
10月22日(木) 合計15時間10分
高2 ケ 17:28〜20:00 2時間32分
高2 シ 17:28〜20:00 2時間32分
中2 A 17:00〜19:10 2時間10分
高3 イ 17:58〜20:00 2時間02分
高2 オ 18:00〜20:00 2時間00分
高1 ク 17:44〜19:41 1時間57分
中2 B 17:44〜19:41 1時間57分
7人で15時間10分。
面白いのは、学年による滞在時間の差がほとんどないことだ。
高校2年生が2時間半。
高校3年生が2時間。
中学2年生も2時間前後。
中学生だから短時間、高校生だから長時間という単純な形にはなっていない。
10月23日(金) 合計8時間17分
中2 C 17:45〜20:00 2時間15分
高2 オ 18:13〜20:00 1時間47分
中2 G 18:15〜20:00 1時間45分
中2 B 17:45〜19:00 1時間15分
高1 ク 17:45〜19:00 1時間15分
今週もっとも少なかった金曜日。
合計8時間17分だった。
それでもCは20時まで残って2時間15分。
人数が少ない日でも来る生徒がいる。
学習習慣を見る場合、私はこういう日の方が興味深い。
人が多い日に勉強するのは比較的簡単だ。
人が少ない日にも、いつものように来られるか。
習慣になっているかどうかは、こういうところに表れる。
10月24日(土) 合計22時間26分
高2 シ 12:00〜17:00 5時間00分
中2 C 12:00〜17:00 5時間00分
中2 B 12:00〜15:00 3時間00分
中2 G 14:14〜17:00 2時間46分
高2 ケ 14:20〜17:00 2時間40分
高1 ク 13:00〜15:00 2時間00分
中2 A 13:00〜15:00 2時間00分
今週もっとも長かったのが土曜日。
1日だけで22時間26分。
そして、この日の数字はかなり興味深い。
最長は高2のシと、中2のC。
ともに5時間00分だった。
中学2年生が高校2年生と同じ時間、自習室にいる。
Bも3時間。
Gも2時間46分。
Aも2時間。
中学生にとって「休日に塾へ来て数時間勉強する」という行動が、それほど特別なものではなくなってきている。
第14週は95時間06分
一週間を並べると、
10月18日(日) 10時間20分
10月19日(月) 11時間51分
10月20日(火) 12時間04分
10月21日(水) 14時間58分
10月22日(木) 15時間10分
10月23日(金) 8時間17分
10月24日(土) 22時間26分
合計95時間06分。
前週は105時間06分。
したがって、
前週比10時間00分減。約9.5%減。
総時間だけなら後退している。
しかし、私はこの数字だけで「今週は勉強しなかった」とは考えていない。
なぜなら、中学生の来室パターンがかなり安定しているからだ。
「長時間勉強」より気になること
今回の記録で私が見ているのは、誰が一番長く勉強したかだけではない。
むしろ、
「勉強することが、どの程度普通になっているか」
を見ている。
Aは今週、
月曜日 1時間57分
火曜日 2時間03分
水曜日 2時間15分
木曜日 2時間10分
土曜日 2時間00分
ほぼ同じ時間帯で、ほぼ2時間。
これは非常に分かりやすい。
毎日気合を入れて長時間勉強しているわけではない。
淡々と2時間前後を繰り返している。
こういう形の方が、私は学習習慣として強いと思っている。
Cは「来る日」の滞在時間が長い
Cも特徴的だった。
日曜日 3時間08分
月曜日 2時間23分
水曜日 2時間40分
金曜日 2時間15分
土曜日 5時間00分
5日間来室している。
しかも短時間で帰る日がほとんどない。
土曜日は5時間だった。
以前なら中学生が5時間勉強すれば、それだけで「今日はよく頑張った」と考えていたかもしれない。
しかし、今は少し見方が違う。
5時間という一日の数字より、その前に2時間、2時間40分、2時間15分という日々が積み重なっていることの方が重要だと思っている。
5時間は突然生まれたのではない。
日常の延長線上にある。
自習室の「普通」は変えられるのか
今回の実験で一番知りたいのはここだ。
人は周囲の基準に影響される。
周りが30分で帰れば、1時間でも長く感じる。
しかし、周りが2時間、3時間と普通に勉強していれば、2時間はそれほど長く感じなくなる。
高校生が横で勉強している。
同級生も来ている。
先に来た生徒がまだ勉強している。
その中で、
「自分ももう少しやって帰ろう」
となる。
これを私は「空気」と呼んでいる。
もちろん、今の記録だけで、
「自習室の空気によって学習時間が伸びた」
と断定することはできない。
テストの日程、学校行事、部活動、体調、家庭の予定など、来室時間に影響する要素はいくらでもある。
だからこそ、一週間だけを切り取って結論を出さず、長期間数字を残している。
滞在時間=勉強時間ではない
もう一つ、この連載では毎回確認しておきたい。
ここに記録しているのは、厳密には「純粋な勉強時間」ではない。
自習室への入室から退室までの滞在時間である。
途中で休憩もする。
食事をすることもある。
したがって、
「今週95時間06分勉強した」
という意味ではない。
それでも滞在時間を記録する意味はある。
家にいる時間ではなく、
勉強するための場所に自分から来て、そこにどれだけ滞在したか。
学習習慣を観察する指標としては十分に価値があると考えている。
第14週を終えて
第13週 105時間06分。
第14週 95時間06分。
数字は10時間減った。
それでも今週は、平日に中学生が2時間前後を繰り返し、土曜日には中2のCが5時間、Bが3時間、Gが2時間46分、Aが2時間滞在した。
私は、こちらの変化の方を見ている。
勉強時間を増やす方法というと、教材や勉強法の話になりやすい。
もちろん、それも大切だ。
しかしその前に、
「勉強するのが普通の場所」に毎日身を置く。
それだけで行動が変わる可能性がある。
「2時間も勉強した」が、
「2時間くらい勉強した」に変わる。
そして、その2時間を特別なことだと思わなくなる。
もしこの変化が続くなら、それはテスト前だけ勉強時間を増やすことより、ずっと大きな意味を持つ。
まだ結論は出さない。
来週も同じように記録する。
印象ではなく、数字で追う。これが、この教育実験の目的である。

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