【ちりぬるを】――勉強する子は、どうやってつくられるのか【第8話】

第8話 「全部やらせる」は、本当に正しいのか

8月25日。

中学生が理科をやっています。

定期テストが近い。

当然、点数は取りたい。

でも私は、この子に理科のすべてをやらせているわけではありません。

難しい計算問題は、あえて飛ばしています。

できないからではありません。

教えようと思えば、教えられます。

それでも今は、やらせない。

少し前の私なら、

この判断はできなかったと思います。

塾なのだから、

できないところは全部できるようにする。

80点より90点。

90点より100点。

それが正しい指導だと思っていました。

でも今は、

少し違います。

■ この子には、この子の順番がある

この生徒は、もともと理数系が強い子ではありません。

数学も理科も、

一つひとつ整理しながら進めないと、

頭の中で知識が混ざってしまう。

そこに、

難しい計算問題まで一気に入れるとどうなるか。

できる問題まで、

分からなくなることがあります。

基本問題。

用語。

実験。

グラフ。

標準的な計算。

そこまでは取れていたのに、

難問を一つ説明したことで、

頭の中がごちゃごちゃになる。

私は何度か、

そういう場面を見てきました。

そこで考えるようになりました。

「全部教えること」と「点数を上げること」は、同じではないのではないか。

■ 100点を目指すと、70点を失うことがある

テストには、

難しい問題があります。

最後の計算。

複雑な応用。

何段階も考えなければ解けない問題。

もちろん、

解けるに越したことはありません。

でも、

その数問を取るために何時間も使い、

基本問題の復習時間がなくなったらどうでしょう。

難問を1問取れるようになった代わりに、

暗記問題を3問落とす。

計算の基本を2問落とす。

結果として、

点数が下がることさえあります。

特に、

まだ基礎が安定していない子では、

この問題が起きやすい。

だから私は、

問題を見るとき、

「この問題を解けるようにできるか」

だけではなく、

「今、この問題を解けるようにする必要があるか」

を考えます。

■ 教えない、という判断

塾の先生にとって、

これは意外と難しい判断です。

難しい問題を鮮やかに説明すれば、

先生らしく見えます。

生徒も、

「なるほど」

と言ってくれる。

でも、

その「なるほど」が、

本番で点になるとは限りません。

私は最近、

説明する前に考えます。

この子に今必要なのか。

今週必要なのか。

今回のテストに必要なのか。

もっと基本に時間を使ったほうがいいのではないか。

そして必要がなければ、

言います。

「これは今はやらなくていい」

■ 高校生でも同じことをする

高校生になると、

この「やらない判断」はもっと重要になります。

数学。

英語。

国語。

物理。

化学。

地理。

情報。

大学受験では、

やろうと思えば、

いくらでもやることがあります。

参考書も、

問題集も、

過去問も、

無限にあります。

全部やろうとした瞬間、

ほとんどの高校生は破綻します。

だから、

ある高校生には黄チャートのレベルを限定する。

ある高校生には、

英文法より先に英単語を戻す。

ある高校生には、

難しい数学より、

まず共通テストで取れる問題を固めさせる。

同じ高校生でも、

やらせることは違います。

むしろ、

やらせないものを決めることのほうが難しい。

■ 「苦手だから逃げる」とは違う

ただし、

ここは慎重に見なければいけません。

難しいから全部飛ばす。

苦手だからやらない。

それでは、

単なる逃避になります。

私がやりたいのは、

それではありません。

今はやらない。

でも、

基本が固まったら戻る。

数学が整理されたら戻る。

受験で必要になったら戻る。

つまり、

捨てるのではなく、順番を変える。

この違いは大きいと思っています。

■ できない問題より、できる問題を見る

以前の私は、

生徒ができない問題を見ると、

そこを何とかしたくなりました。

0点の場所を埋めたくなる。

でも今は、

その子がすでに持っているものも見るようになりました。

この単元なら取れる。

暗記なら取れる。

基本計算なら取れる。

英単語なら続けられる。

学校ワークなら4周できる。

ならば、

まずそこを太くする。

「できないもの」を全部追いかけるのではなく、

「取れるもの」を確実な得点源に変える。

そのあとで、

次の一段を足す。

■ 学力は、積み木に似ている

下の積み木がぐらついているのに、

上へ上へ積んでも、

いつか崩れます。

でも、

学校は待ってくれません。

授業は進む。

テスト範囲は増える。

高校受験が来る。

大学受験も来る。

だからこそ、

全部を同時に完成させることはできません。

今、

どの積み木を置くのか。

どの積み木は、

まだ置かないのか。

私は毎日、

それを決めています。

■ では、難問を飛ばした子はどうなるのか

ここが、

私にもまだ分かりません。

難しい計算問題まで全部やった子と、

基本と標準に絞った子。

半年後、

どちらが伸びているのでしょう。

目先の定期テストでは、

難問までやった子が勝つかもしれません。

でも、

基本を何度も繰り返した子が、

あとから一気に追いつくかもしれない。

あるいは、

私の判断が間違っていて、

早い段階から難問に触れさせたほうがよかった、

という結果になるかもしれません。

だから記録します。

何をやったかだけではありません。

何を、あえてやらなかったか。

それも残します。

教育では、

足したものばかりが記録されます。

この参考書をやった。

この問題集を終えた。

この講座を受けた。

でも、

もしかすると、

子どもを伸ばした本当の理由は、

別のところにあるのかもしれません。

余計な一冊をやらなかった。

難問を後回しにした。

英語を一度止めて、単語へ戻った。

数学を高校範囲から中学範囲へ戻した。

「何をやらせるか」ではなく、

「今は何をやらせないか」。

それもまた、

学習設計なのだと思います。

明日も私は、

生徒の教材を開きます。

そして、

やる問題を決める。

同時に、

やらない問題も決めます。

全部やることが、

本当にその子のためなのか。

その答えを、

これからの記録で確かめていきます。

(『ちりぬるを』第8話 了)

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