第12話 私が知らないうちに、先へ進んでいた
9月7日。
いつものように、生徒の勉強記録を確認していました。
そこで、
少し変なことに気づきました。
高校生が数学をやっています。
『入門問題精講』。
微分・積分。
練習9 2問中2問。
練習10 2問中2問。
練習11 2問中1問。
練習12 1問中0問。
練習13 4問中3問。
練習14 4問中4問。
練習15 2問中1問。
練習16 3問中2問。
2時間30分。
ここまでは、
いつもの記録です。
でも、
私は途中で気づきました。
この子、もう積分に入っている。
私は、
「今日から積分をやろう」
とは言っていません。
気づいたら、
入っていました。
■ もう一人いた
同じ頃。
別の高校生も数学をやっていました。
こちらも、
私が細かく指示していたわけではありません。
ところが、
記録を見ると、
いつの間にか数学Ⅱへ入っている。
これも、
私が知らないうちでした。
二人です。
たまたまかもしれません。
でも私は、
少し考え込んでしまいました。
なぜなら、
この連載でずっと考えてきたことと、
逆の現象が起きたからです。
■ 最初は、全部こちらが決めていた
勉強習慣がない子に、
「自分で考えて勉強しなさい」
と言っても、
なかなか動きません。
だからワカスクでは、
かなり具体的に決めます。
今日は英単語。
ここからここまで。
次は数学。
この問題まで。
学校ワークは2回目。
終わったら次。
最初は、
それでいいと思っています。
自立を急がない。
むしろ、
自立できない時期には、こちらでレールを敷く。
何をやるか考えるだけで、
疲れてしまう子もいるからです。
まずは、
勉強そのものに時間を使わせる。
■ でも、レールはいつ外すのか
ここには、
ずっと気になっていた問題があります。
先生が全部決め続けたら、
その子は、
先生がいなければ勉強できない子になるのではないか。
塾へ来れば勉強する。
指示されれば進む。
でも、
指示がなくなった瞬間に止まる。
それでは、
本当の意味で「勉強する子」になったとは言えません。
だから、
いつかはこちらが手を離さなければならない。
ただ、
その「いつか」が分からない。
私は、
自立させる日を決めるものだと思っていました。
ところが、
違うのかもしれません。
■ 子どものほうが、勝手に離れていく
今回の二人に、
私は、
「今日から自立学習です」
とは言っていません。
「これからは自分で考えなさい」
とも言っていない。
ただ、
毎日やってきた。
教材を開いた。
問題を解いた。
終わった。
次へ行った。
また終わった。
そして、
ある日、
次のページを自分で開いた。
それだけです。
でも、
この「次のページを自分で開く」は、
かなり大きな変化なのかもしれません。
■ 先取りの正体
先取り学習というと、
特別なことに聞こえます。
中学生が高校数学をする。
高校1年生が数学Ⅱをする。
学校より半年、一年先へ行く。
そういう結果だけを見ると、
「頭のいい子だからできる」
と思われやすい。
でも、
教室の中から見ていると、
少し違います。
最初から、
「一年先まで行こう」
と考えているわけではありません。
今日の10ページをやる。
明日もやる。
また10ページやる。
一冊終わる。
次の本を開く。
その結果、
学校がまだ来ていない場所に、自分が先に着いてしまう。
先取りは、
目的ではなく、
連続して勉強した結果なのかもしれません。
■ 「数学Ⅱを始めよう」と言わなくてもいい
私はこれまで、
どうすれば先取りさせられるかを考えてきました。
カリキュラムを作る。
教材を選ぶ。
期限を決める。
どこまで進ませるかを計算する。
もちろん、
それも必要です。
でも今回、
少し考え方が変わりました。
もしかすると、
一番大事なのは、
先取りの計画ではない。
「終わったら次へ行く」という習慣を作ること。
数学Ⅰが終わった。
だから数学Ⅱへ。
微分が終わった。
だから積分へ。
そこに、
大げさな決断はいりません。
次のページだから、
やる。
もし、この感覚まで持っていけるなら、
先取りはかなり自然になります。
■ 定期テストとの違い
学校の勉強には、
区切りがあります。
テストが終わった。
学期が終わった。
一年が終わった。
そこで、
いったん止まります。
でも、
参考書には、
次のページがあります。
今日の範囲が終わっても、
本は終わっていない。
一冊終われば、
次の一冊があります。
この違いは、
思っている以上に大きいのかもしれません。
学校中心で勉強していると、
「終わったら休む」が普通になる。
自分の教材を中心にすると、
「終わったら次へ行く」が普通になる。
私は今、
この違いを見ています。
■ 教えた量では測れない
塾の仕事を、
「どれだけ教えたか」で考えると、
今回の出来事は、
あまり成果に見えません。
私は積分を始めさせていない。
数学Ⅱへ入る指示もしていない。
むしろ、
何もしていないように見えます。
でも、
もし生徒が、
私の指示なしに次へ進んだのであれば、
これはかなり重要なことです。
先生が必要なくなる方向へ進んでいるからです。
私は、
塾というものは、
少しずつ先生を不要にしていく場所でもいいと思っています。
最初は、
何をやるか決める。
次に、
進み方だけ確認する。
そのうち、
質問だけ受ける。
最後は、
本人が勝手に進む。
もしそこまで行けば、
大学へ行っても、
社会へ出ても、
勉強できます。
■ ただし、二人だけでは分からない
ここで、
「ワカスク式で自学自習が身についた」
と書くのは簡単です。
でも、
まだ二人です。
しかも、
たまたま数学が好きだった可能性もある。
教材との相性がよかっただけかもしれない。
私が細かく言わなくなったことで、
偶然そうなっただけかもしれません。
だから、
まだ結論にはしません。
これから見たいことがあります。
ほかの生徒にも起きるのか。
英語でも起きるのか。
理科でも起きるのか。
中学生でも起きるのか。
そして、
一度自分で進み始めた子は、
本当にそのまま進み続けるのか。
■ 「勉強しなさい」が消える日
『ちりぬるを』を書き始めたとき、
テーマは一つでした。
勉強する子は、どうやってつくられるのか。
第11話では、
そもそも来ない子を考えました。
そして今回、
その反対側で、
私が知らないうちに先へ進んでいた子が現れました。
この二つの間に、
何があるのでしょう。
来ない。
言われて来る。
言われて勉強する。
毎日やる。
終わったら次へ進む。
そして、
先生が知らないところで、
自分から次を始める。
もし、
この変化を何人もの生徒で追うことができれば、
「勉強する子」が作られていく過程を、
かなり具体的に説明できるかもしれません。
私は、
その瞬間を見逃さないように、
記録を続けます。
そして、
できることなら、
もっと見てみたい。
私が、
「次はこれをやろう」
と言おうとしたとき、
生徒から、
こう返される日を。
「それ、もうやってます」
たぶん、
先生としては、
少し寂しい。
でも、
それでいいのだと思います。
(『ちりぬるを』第12話 了)

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