第10話 学校を追いかけるのを、やめてみた
高校3年生が、世界史をやっています。
山川の教科書。
そして、一問一答。
8月15日。
ウィーン体制。
8月16日。
アメリカ合衆国の発展。
8月18日。
19世紀の欧米文化。
8月23日。
列強による世界分割。
8月24日。
第二次産業革命。
8月26日。
アジア諸国の変革。
毎日、少しずつ時代が進んでいきます。
学校の授業を待っているわけではありません。
テスト範囲が発表されたからでもありません。
ただ、
教科書を読み、
一問一答をやり、
次へ進む。
私は最近、
この単純な進み方が、
ものすごく大事なのではないかと思っています。
■ 学校で習っていないから、できない
塾をやっていると、
何度も聞く言葉があります。
「そこ、まだ学校で習ってません」
以前なら、
私も、
「じゃあ、学校で習ってからやろう」
と考えていました。
学校で習う。
塾で復習する。
テスト前にもう一度やる。
とても自然な順番です。
でも、
この順番には一つ問題があります。
子どもの勉強の速度が、完全に学校によって決まってしまう。
学校が進めば進む。
学校が止まれば止まる。
テストがあれば勉強する。
テストが終われば止まる。
夏休みに入れば、
何をしていいか分からなくなる。
これでは、
自分の勉強なのに、
自分で速度を決められません。
■ 「学校を無視する」という実験
ある高校生は、
中学3年生の3月に入塾しました。
高校へ入学する直前です。
私は、
学校の授業に合わせることを、
最初からやめました。
英語を先に進める。
高校1年の7月頃までに、
かなり先まで終わらせる。
そして夏休み。
今度は、
中学数学へ戻しました。
中学1年。
中学2年。
中学3年。
高校生なのに、
中学数学です。
一見すると、
先取りとは逆のことをしています。
でも、
私の中では同じです。
学校の現在地ではなく、その子に必要な現在地から始める。
英語は先へ。
数学は戻る。
学校がどこをやっているかは、
一度、横に置きました。
■ 先取りとは、「早く進むこと」なのか
私は以前、
先取り学習とは、
学校より早く進むことだと思っていました。
でも、
今は少し違います。
高校1年生が高校2年の数学をやる。
中学生が高校英語をやる。
もちろん、
それも先取りです。
しかし、
もっと大事なのは、
学校の時間割から、自分の学習を切り離すこと
なのかもしれません。
必要なら進む。
必要なら戻る。
英語は高校範囲へ行く。
数学は中1まで戻る。
理科は難問を飛ばす。
世界史は学校を待たずに教科書を読み進める。
基準は、
「学校が今どこをやっているか」
ではありません。
「この子が今、何をやるべきか」
です。
■ ただ、先取りには大きな問題がある
ここまで書くと、
「だったら、どんどん先取りすればいい」
と思われるかもしれません。
私も、
そう考えていた時期があります。
でも、
実際の生徒を見ていると、
そう簡単ではありません。
先へ進ませても、
やらない子がいる。
教材を渡しても、
開かない。
1週間後に確認すると、
ほとんど進んでいない。
そして、
定期テストが近づいた瞬間だけ、
急に勉強を始める。
そこで私は、
あることに気づきました。
子どもは、学校の指示には驚くほど忠実だ。
「○日までに提出」
と言われればやる。
「ここがテスト範囲」
と言われれば勉強する。
しかし、
「大学受験のために半年後を考えて進めよう」
と言っても、
なかなか動けない。
特に、
まだ勉強習慣ができていない子はそうです。
■ ならば、学校を利用すればいい
ここで、
少し考え方を変えました。
学校から完全に離すのではなく、
学校という強制力を利用して、先取りさせる。
定期テストが終わる。
普通なら、
そこで勉強も終わります。
でも、
次の定期テストは必ず来る。
だったら、
終わったその日から、
次のテスト対策を始めればいい。
「大学受験のために先取りしろ」
では動かない子でも、
「次の定期テストの範囲を始めるぞ」
なら動く。
目標が見えるからです。
そして、
2週間前ではなく、
1ヶ月、2ヶ月前から始めれば、
時間ができます。
学校ワークを繰り返す。
教科書を読む。
さらに時間が余れば、
黄チャートへ行く。
英文法へ行く。
入試問題へ行く。
結果として、
定期テスト対策をしていたはずなのに、受験勉強まで進んでいる。
私は今、
この形にかなり可能性を感じています。
■ 「先取りできる子」だけの方法にしたくない
先取り学習には、
一つ大きな弱点があります。
もともと勉強できる子には、
非常に強い。
でも、
勉強習慣のない子には、
機能しにくい。
自分で計画を立て、
半年後を想像し、
毎日淡々と進められる子なら、
そもそもかなり強いのです。
私が知りたいのは、
そこではありません。
勉強習慣がない。
将来もまだ分からない。
テストが終わったら来なくなる。
学校から何も言われなければ、
勉強しない。
そういう普通の高校生でも、
仕組みを変えれば先取りできるのか。
私は、
こちらを試したい。
■ 「今日から9月だよ」
定期テストが終わった生徒に、
私は言います。
「お疲れ様」
それから、
次の教材を置く。
「今日から9月だよ」
もちろん、
本当に9月なわけではありません。
次のテストを、
もう始めるという意味です。
最初は、
嫌そうな顔をします。
「終わったばかりなのに」
という顔です。
それでも、
テキストを開く。
1ページ進む。
次の日も来る。
また進む。
もしこれを繰り返せたら、
定期テストと定期テストの間にあった、
何も勉強しない「空白」が消えます。
そして、
その空白が消えたとき、
高校3年間の総勉強時間は、
かなり変わるはずです。
■ 学校に従うことと、学校に合わせることは違う
私は、
学校を否定したいわけではありません。
むしろ、
学校をかなり利用しています。
定期テスト。
学校ワーク。
教科書。
提出物。
評定。
全部使います。
ただ、
学校が始めるまで待たない。
学校の仕組みには乗る。
学校の速度には縛られない。
この二つは、
似ているようで、
かなり違います。
■ この方法に再現性はあるのか
ここまでの10話で、
いろいろなことを書いてきました。
英単語を大量に回す。
できた問題を繰り返す。
難問をあえてやらない。
学習時間を記録する。
環境を作る。
必要なら前へ進み、
必要なら何年でも戻る。
そして、
定期テストを利用して、
勉強を途切れさせない。
全部、
ワカスクの教室で実際にやっていることです。
でも、
まだ一番大事な問いが残っています。
これは、ワカスクだからできているだけではないのか。
私が毎日いるから。
小さな教室だから。
たまたま今いる生徒たちだから。
だから成立しているだけなのかもしれません。
それなら、
これは「学習法」ではありません。
一つの小さな塾で起きた、
特殊な成功例にすぎません。
私が確かめたいのは、
そこです。
熊本の、
特別でも何でもない小さな教室で、
毎日取っているこの記録。
この中から、
学校が違っても、
学年が違っても、
成績が違っても、
繰り返し起きる現象を見つけられるのか。
そして、
誰かが同じようにやったとき、
同じような変化が起きるのか。
ワカスクの学習法に、再現性はあるのか。
『ちりぬるを』で、
私はそれを確かめたいと思っています。
だから、
まだ結論は書きません。
生徒は明日も来ます。
英単語をやる子がいる。
数学をやる子がいる。
学校ワークを4回目までやる子がいる。
そして私は、
また数字を残します。
一人の成功者を作って、
「この方法は正しい」と言うためではありません。
何人も見て、
失敗も見て、
途中で来なくなった子も見て、
それでも残るものは何なのか。
そこまで見なければ、
再現性とは呼べないと思っています。
10話書いて、
ようやく、
実験の入口に立ちました。
(『ちりぬるを』第10話 了)

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