【ちりぬるを】――勉強する子は、どうやってつくられるのか【第3話】

第3話 1か月で1500語は、本当に特別なのか

この夏、ワカスクでは英単語をやっている生徒が多い。

『ターゲット1200』。

『ターゲット1900』。

高校生によって使っている教材は違いますが、やっていることは驚くほど単純です。

英単語を覚える。

次の日、また覚える。

そして前に覚えた単語に戻る。

それを繰り返す。

特別な授業をしているわけではありません。

私が横で英単語の語源を延々と説明しているわけでもない。

それでも、この方法で、この夏、かなりの数の単語を進める生徒が出てきました。

中には、1か月ほどで1500語近くまで到達する生徒もいます。

一人だけではありません。

何人かに、同じような現象が起きています。

最初は私も、

「この子は暗記が得意なのかな」

と思っていました。

でも、同じことが何人にも起こり始めると、少し話が変わってきます。

これは、本当にその子の才能なのだろうか。

■ 200語進んでも、次の日には忘れている

もちろん、一度見ただけで1500語を完璧に覚えられるわけではありません。

覚えたはずなのに、翌日には出てこない。

昨日できた単語を間違える。

一週間前に覚えた単語が抜けている。

普通に起こります。

だから戻ります。

この夏、『ターゲット1900』を進めているある高校生の記録があります。

ある日は251〜450語を復習。

その後、451〜600語。

次は600〜800語。

さらに701〜900語。

そして901〜1050語。

一見すると、どんどん先へ進んでいるように見えます。

でも、それだけではありません。

新しい範囲を進めながら、前日の範囲へ戻る。

501〜600語。

601〜700語。

そうやって、行ったり来たりしています。

私は、この「戻る」という動きがかなり重要なのではないかと思っています。

■ 「覚えた」を完成形だと思わない

英単語で苦しんでいる生徒を見ていると、よく起きることがあります。

100語覚える。

テストする。

30語間違える。

すると、

「全然覚えられない」

となる。

本人も落ち込む。

場合によっては、保護者も、

「この子は英単語が苦手なんでしょうか」

と考える。

でも、私は最近、この30語の間違いをあまり問題だと思わなくなりました。

なぜなら、

忘れることを前提にしているからです。

一回で覚える必要はない。

忘れたら、もう一度見る。

また忘れたら、また見る。

それでも忘れたら、もう一度。

だから私は、

「100語を完璧にしてから次の100語へ」

という進め方を、あまり重視していません。

多少穴があっても先へ行く。

そして戻る。

また先へ行く。

また戻る。

その方が、結果的に大量の単語に何度も触れることになります。

■ 100語という数字も、最初は大きく見える

「今日は英単語を100語」

そう言うと、最初はかなり多く感じる生徒もいます。

100個です。

学校の小テストなら10語、20語ということもあります。

その感覚からすると100語は多い。

でも、毎日やっていると、少しずつ反応が変わってきます。

100語が「大仕事」ではなくなる。

そして200語。

復習を含めれば、それ以上の単語を見る日も出てくる。

ここで起きていることを、私はまだ正確には説明できません。

記憶力そのものが急激に上がったのか。

単語を見る速度が上がったのか。

「全部覚えなければ」という抵抗感がなくなったのか。

単純に、英単語を覚える作業に慣れただけなのか。

おそらく、いくつかが重なっているのでしょう。

ただ、一つだけ確かなことがあります。

最初から1500語を覚えようとした生徒はいない。

今日100語。

明日また100語。

忘れたから戻る。

そしてまた進む。

その繰り返しの先に、1500という数字が現れただけです。

■ 「この子だからできた」で終わらせたくない

一人の生徒が1500語覚えた。

それだけなら、

「すごい生徒ですね」

で終わります。

私は、それではあまり意味がないと思っています。

知りたいのは、その先です。

別の生徒に同じことをやらせたら、どうなるのか。

学力が違ってもできるのか。

学校が違ってもできるのか。

英語が得意ではない子でもできるのか。

100語では多すぎる子には、どこまで減らせば動くのか。

逆に200語、300語と増やしても大丈夫な子はいるのか。

そして、一度1500語まで到達したあと、本当にその単語は残っているのか。

ここまで見なければ、

「ワカスクでは1か月で1500語覚えられます」

とは、私は言えません。

たまたま今年の生徒たちが頑張っただけかもしれないからです。

■ 才能ではなく、仕組みだとしたら

ただ、私は少し期待しています。

もし、同じようなことが何人にも起こるなら。

もし、英語が得意だった子だけではなく、苦手だった子にも起こるなら。

もし、翌月になってもかなりの単語が残っているなら。

そのとき初めて、

これは「暗記が得意な子」の話ではなく、

「覚えられるように設計した結果」

と言えるのかもしれません。

教育では、できる子を見ると、すぐに才能という言葉を使いたくなります。

記憶力がある。

集中力がある。

頭がいい。

努力できる。

もちろん、本当に個人差はあります。

でも、その言葉を使った瞬間に、私たちは考えることをやめてしまう危険もあります。

なぜ覚えられたのか。

何語ずつ進んだのか。

何回戻ったのか。

どのくらいの期間続けたのか。

途中で何が起きたのか。

そこを記録すれば、別のものが見えるかもしれない。

今日も教室では、生徒が英単語帳をめくっています。

覚える。

忘れる。

戻る。

また覚える。

とても地味です。

見ていて感動するような場面でもありません。

でも、この地味な作業を何人もの生徒が繰り返した先に、同じような結果が現れ始めている。

だとしたら。

私が見るべきなのは「1500」という派手な数字ではなく、

そこへ到達するまで、毎日何が繰り返されていたのか

なのだと思います。

ワカスクの学習法に再現性があるのか。

その答えは、案外こういう地味な記録の中に隠れているのかもしれません。

(『ちりぬるを』第3話 了)

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