【新連載】【ちりぬるを】ー勉強する子は、どうやってつくられるのか

第1話 学校がなくなったら、勉強もなくなった

夏休みになれば、もっと勉強できる。

私は、どこかでそう思っていました。

学校がない。

朝から時間がある。

授業もない。

通学時間もない。

高校生なら、普段は学校にいる時間まで丸ごと自由になる。

単純に考えれば、勉強時間は増えるはずです。

ところが、この夏。

生徒たちを見ていて、私は少し奇妙なことに気づきました。

時間が増えたのに、勉強しなくなる子がいる。

学校があるときには、それなりに勉強していた子です。

授業中に学校のワークを進める。

提出物もやる。

定期テストが近づけば、何時間も机に向かう。

私はそれを見て、

「少しずつ勉強習慣がついてきたな」

と思っていました。

ところが夏休みに入る。

学校が止まる。

定期テストもない。

すると、勉強も止まった。

時間がないわけではありません。

むしろ、時間だけなら学校があるときより圧倒的にある。

それでも、自宅では勉強しない。

そこで、私は考えました。

もしかすると私は、

「勉強している」と「勉強できる」を混同していたのではないか。

■ あの勉強は、誰が動かしていたのか

学校があると、子どもの一日は勝手に動きます。

朝になれば学校へ行く。

時間割がある。

先生が授業をする。

宿題が出る。

提出期限がある。

定期テストの日程も決められている。

本人が「今日は数学をやろう」と決断しなくても、数学の時間になれば数学が始まります。

本人が「そろそろテスト勉強を始めよう」と考えなくても、テスト範囲が発表され、提出物の期限が迫ってきます。

つまり学校には、

子どもを勉強させる巨大な仕組み

が最初から存在しています。

その仕組みの中にいると、ある程度は勉強できる。

だから私は、それを「習慣」だと思っていた。

しかし学校という装置を取り外した瞬間、止まってしまう子がいた。

これは、かなり重要なことではないかと思いました。

勉強習慣が身についていたのではない。

学校に動かしてもらっていただけなのかもしれない。

■ 一方で、学校がなくても勉強する子がいる

ところが、同じ教室には全く違う生徒もいます。

夏休みになっても、いつも通りやって来る。

3時間。

4時間。

長い日は6時間、7時間。

英単語を覚える。

黄チャートを解く。

世界史の教科書を読む。

物理を進める。

昨日の続きを、今日もやる。

学校があるかどうかは、あまり関係ない。

誰かから「明日テストだから勉強しなさい」と言われているわけでもありません。

もちろん、私がやることは決めています。

今日何をやるのか。

どこまで進めるのか。

間違えた問題をどうするのか。

そこは管理しています。

しかし、机に座ってペンを動かすのは本人です。

夏休みになって初めて、

学校があるから勉強していた子と、学校がなくても勉強を続けられる子の違い

が、はっきり見えるようになりました。

■ 私は「先取り」についても考え直し始めた

私はこれまで、先取り学習は、ある程度勉強習慣がある子にしか機能しないのではないかと考えていました。

自分で勉強できない子に、

「学校より先へ行こう」

と言っても難しい。

それより、まず学校についていく。

定期テストを目標にする。

その方が現実的だと思っていました。

この考え自体は、今もそれほど変わっていません。

ただ、一つだけ考え始めたことがあります。

子どもたちは、意外なほど学校の指示には忠実です。

テスト範囲が出ればやる。

ワークを提出しろと言われればやる。

試験日が決まれば、それなりに焦る。

だったら、この性質を逆に利用できないだろうか。

定期テストが終わってから、次の定期テストまでを「何もない期間」にしなければいい。

7月のテストが終わった瞬間、

「終わった」

ではなく、

「9月のテスト勉強が始まった」

と考えさせる。

次の定期テストを、2週間前から始まるイベントではなく、前の定期テストが終わった翌日から続いている一本の線にしてしまう。

そうすれば、自分から勉強を始められない子でも、勉強を途切れさせずに済むのではないか。

そして、その期間が2週間ではなく2か月になれば、学校ワークを終わらせるだけではなく、もっと先まで行ける。

定期テストの勉強と、受験勉強を分離しなくてもよくなるかもしれない。

私は今、そんなことを考えています。

■ ただし、まだ分からない問題があります。

これは、私の頭の中にある仮説にすぎません。

早く始めれば、本当に成績は上がるのか。

毎日続ければ、本当に勉強習慣になるのか。

学校という強制力の代わりを、塾が作ることはできるのか。

そして何より、

それは子どもを伸ばすのか。それとも、ただ疲れさせるだけなのか。

まだ分かりません。

だから、今回は結論を書かないことにしました。

ちょうど今、ワカスクには、その答えを確かめられる生徒たちがいます。

順調に進んでいる子もいます。

止まりかけている子もいます。

私が想定していた以上に進んだ子もいれば、思ったように動かなかった子もいます。

教材も違う。

学校も違う。

学年も違う。

そして、もともとの学力も違います。

だったら、見てみようと思います。

■ ワカスクの学習法に、再現性はあるのか

これが、この連載で確かめたいことです。

私はこれまで、たくさんの学習計画を作ってきました。

英単語を大量に覚える。

学校ワークを繰り返す。

数学を先取りする。

できなかった問題を何度もやり直す。

毎日の学習時間を記録する。

そして、必要なら学校の進度とは関係なく戻ったり、先へ進んだりする。

うまくいった生徒もいます。

でも、それだけでは足りない。

その子が特別だっただけかもしれない。

たまたま教材との相性が良かっただけかもしれない。

先生に言われたから、その期間だけ頑張れただけかもしれない。

教育の世界では、一人の成功例から何でも言えてしまいます。

だから私は、

「ワカスクでは成功しました」

という話を書きたいわけではありません。

知りたいのは、

「別の子でも起きるのか」

です。

できる子だけではなく、勉強習慣のない子でも。

高校生だけではなく、中学生でも。

夏休みのように学校の強制力が消えた環境でも。

同じ考え方は機能するのか。

もし機能しないなら、どこで壊れるのか。

そこまで含めて記録してみようと思います。

この夏、教室には毎日、生徒がやって来ました。

机に座った子もいました。

来なかった子もいました。

何時間も黙って問題を解いた子もいました。

家ではほとんど勉強できなかった子もいました。

その違いの中に、

私がずっと探していたものがあるような気がしています。

子どもは、なぜ勉強するのか。

そして、

勉強する子は、どうやって作られていくのか。

『いろはにほへ』を書き終えた翌日。

私はもう一度、いつもの教室に戻ります。

今度は答えを書くためではありません。

答えを探すために、生徒たちを見てみようと思います。

(『ちりぬるを』第1話 了)

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