【熊本からの大学受験】夏休みという実戦③​​〜勉強時間より先に生活時間を決めろ〜【いろはにほへと:第51回】

​夏休みが始まると、全国のリビングで毎晩のように繰り返される、お決まりの会話がある。

​「今日は何時間勉強したの?」

「塾の自習室で8時間やったよ」

​親は手帳やアプリに子どもの勉強時間を記録して一喜一憂し、子どもは「机の前に座っていた時間の長さ」を免罪符にしてスマホを開く。

ネットを開けば「夏は1日10時間勉強が当たり前」という言説が溢れている。

​ここで、私たちは三つ目の、そして最も根深い「神話」を解体しなければならない。

勉強時間そのものを追いかけている限り、夏休みの戦略は必ず失敗する。

勉強時間とは、無理に管理するものではない。生活が整った結果として、後からついてくるものだからだ。

​断言しよう。

10時間机に向かってダラダラと文字を眺めている子よりも、完全にコントロールされた5時間を淡々と積み重ねる子の方が、秋に圧倒的な爆発力を発揮する。

​■ 受験勉強とは、意志の戦いではなく「再現性」の戦いである

​多くの親子は、勉強時間という「結果」をどうにか増やそうと、夜遅くまでスケジュールを詰め込もうとする。

しかし、それは熱を出した子どもの体温計を冷水につけて、無理やり数値を下げようとするようなものだ。

​本当にコントロールすべき「原因」は、勉強時間ではない。生活の再現性(リズム)である。

​現場で実際に伸びていく子は、驚くほど生活が安定している。

起きる時間、寝る時間、そして3度の食事の時間。

この3つのピンが、夏休みの40日間、まるで精密機械のように大きく崩れない。

​生活の3つのピンが固定されているから、脳が働く時間帯が一定になり、結果として、机に向かう時間も自然と安定して生まれるのだ。

​「勉強時間を作ろう」とするのではない。

「勉強時間が自然と生まれる生活」を作らなければならない。

​ここで、私は「議長」である親御さんたちに、今夜から変えてほしい習慣がある。

夜11時に、子どもに向かって「今日、何時間勉強した?」と確認するのを、今すぐやめてほしい。

​本当に確認すべきなのは、夜ではなく朝だ。

「今朝は、予定通りの時間に起きられたか」

「昨夜は、決めた時間に布団に入れたか」

​受験勉強とは、一瞬のモチベーションや鉄の意志で乗り切る精神論ではない。

毎日同じクオリティの日常を繰り返すことができるかという、冷徹な「生活の再現性」の戦いなのだ。

​■ 崩れたとき、戻ってくるための「港」の正体

​本シリーズ第2回で、私は「戦略家にとっての計画とは、転んだときにいつでも戻れる港である」とお伝えした。

​では、夏休みの魔物に足元をすくわれ、計画がガラガラと崩れ去ったとき、子どもたちが真っ先に戻るべき「港」とは、一体どこにあるのだろうか。

​それは、新しい参考書を開くことではない。

遅れた分の遅れを取り戻そうと、夜中に目を血走らせて問題集を解くことでもない。

ただ、翌朝、何事もなかったかのように「いつもと同じ時間」にベッドから起き上がることだ。

そして、いつもと同じ時間に食事を摂り、いつもと同じ時間に眠ること。

​この誰もができる当たり前の生活リズムの繰り返しこそが、荒れ狂う夏休みの戦場において、受験生を遭難から救う唯一の絶対的な港(コンパス)になる。

​生活の港さえ機能していれば、勉強時間は後からいくらでもついてくる。

​さあ、生活の再現性を手に入れ、我が家のルートを淡々と歩み始めた受験生たちに、次に訪れるのは「他人のスコア」という新たな壁だ。

次回、私たちは夏の平穏を破る最大の伏兵、あの「判定」の正体を解剖していくことにしよう。

​次回、

【夏休みという実戦④】 〜模試の判定に振り回されるな〜

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