【熊本からの大学受験】小学生時代の思い込み編③​〜褒めすぎが奪うもの〜【いろはにほへと:第16回】

​大人の社会を見渡してみると、ある共通の生きづらさを抱えた人たちに出会う。

​失敗することが極端に怖くて、新しいプロジェクトに手を挙げられない人。

周囲に弱みを見せることができず、すべてを一人で抱え込んで潰れてしまうリーダー。

いつも「しっかり者」「優しい人」であることを求められ、自分の本音を言えないまま疲弊している人。

​彼らは決して、能力が低いわけではない。

むしろ、社会的には十分に優秀で、責任感の強い人たちばかりだ。

​では、なぜそれほどまでに自分を縛り付けてしまうのだろうか。

その理由を紐解いていくと、私たちはある共通の原風景に行き着くことになる。

それは、中高生の反抗期でも、社会人の挫折でもない。

もっとずっと手前、あの懐かしい「小学生時代」の記憶だ。

​彼らは、大人になってから変わってしまったのではない。

小学生の頃に、ある「役割」を完璧に演じるための仮面を被り、それを今も外せないまま生きているのである。

​その仮面を作ったきっかけは、皮肉なことに、親や周囲の大人たちが注いでくれた、無数の「優しい褒め言葉」だった。

​■ 役割に貼り付く言葉

​「褒めること」自体が悪いわけでは決してない。

我が子の成長を喜び、言葉にして伝えることは、親としての至極当然で尊い愛情表現だ。

​問題は、褒めることそのものではなく、その褒め言葉が子どもの「人格」ではなく、特定の「役割」に貼り付いてしまうことにある。

​「〇〇ちゃんは、本当に頭がいいね」

「いつも優しくて、手がかからない良い子だね」

「お兄ちゃんだから、やっぱりしっかりしているね」

​これらの言葉を受け取ったとき、子どもたちの心の中では、ある静かな決意が生まれる。

​子どもにとって苦しいのは、「頭がいい」と言われることではない。

「頭がいい自分でいなければならない」と思い始めることだ。

「優しい」と言われることではない。

「優しい自分しか愛されない」と思い始めることだ。

​第2回で語った「仮面」は、親が無理やり押し付けたものではない。

大人からの愛情を失いたくない、認められ続けたいと願う子ども自身が、自ら内側から鍵をかけて被ったものなのだ。

​「頭がいい」という役割を背負った子は、その役割を守るために、分からない問題を質問できなくなる。

「優しい」という役割を背負った子は、誰かを傷つけることを恐れて、自分の怒りやわがままを封じ込める。

「しっかり者」という役割を背負った子は、甘え方を忘れ、弱音を吐けない子どもになっていく。

​役割と自己価値が結びついてしまった瞬間、勉強は新しい世界を知る冒険ではなく、その役割からはみ出さないための防衛戦になる。

そして子どもから、挑戦し、失敗する勇気が静かに奪われていく。

​■ 「条件付きの自分」からの解放

​かつて子どもだった私たちが、そして今を生きる目の前の子どもたちが求めているのは、「何かができるから素晴らしい」という条件付きの称賛ではない。

​「100点を取ったあなた」も「頭のいいあなた」も、それはあなたの素晴らしい一部ではある。

しかし、その役割を演じていないときのあなたにも、全く同じ価値がある。

​その事実を、家庭という場所でどれだけ実感できるか。

​もし、子どもが役割からはみ出そうとしたとき。

いつも優しい子が激しい感情を爆発させたとき、いつも優秀な子が信じられないような低い点数を取ってきたとき。

それは、仮面が苦しくて悲鳴を上げている合図かもしれない。

​大人の仕事は、「いつも通り優秀で優しい子」に戻すことではない。

​「そっか、悔しかったね」

「できない日があっても、お母さんはあなたのことが大好きだよ」

​その役割を演じていない無防備な姿のまま、ただそこにいることを許される経験。

それこそが、子ども自身が自ら進んで仮面を外し、自分の足で立ち上がるための本当のエネルギーになる。

​■ 10年後、20年後のために

​小学生時代とは、ただ従順に知識を蓄え、要領よく100点を取る技術を身につける期間ではない。

​その後の長い人生で、何度も訪れるであろう「できない自分」や「完璧ではない自分」に出会ったとき、自分を見失わずに生きていくための心の土台を作る時期なのだ。

​人は、何かができるから自分を信じられるのではない。

できない日があっても、できない自分のまま居場所があると知っているから、もう一度立ち上がれるのである。

​しかし私たちは、その感覚を混同しやすい。

自信と自己肯定感は、似ているようで全く違う。

​次回、

【小学生時代の思い込み編④】〜自信と自己肯定感は違う〜

を考えてみたい。

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