第7話 「できた問題」を、なぜもう一度やるのか
8月27日。
高校1年生が数学をやっています。
教材は『黄チャート』。
二次関数が終わり、この日は「数と式」に戻りました。
記録を見ると、
例題1 2問中2問。
PR1 2問中2問。
例題2 2問中2問。
PR2 2問中2問。
例題3 3問中3問。
PR3 3問中3問。
例題4 6問中6問。
PR4 7問中7問。
例題5 4問中4問。
ほとんど正解です。
普通なら、こう思うかもしれません。
「できているなら、もうやらなくていいのでは?」
私も以前なら、そう考えていました。
できない問題を探して、
できないところだけ教える。
できた問題は終了。
そのほうが効率がいいように見えます。
でも、生徒を長く見ていると、
どうもそれだけでは説明できないことが起きます。
一度できた問題が、
数週間後にはできなくなっている。
もっと不思議なのは、
以前は解けていたのに、
模試になると解けない。
私は、ここにずっと引っかかっていました。
■ 「正解した」と「できる」は同じなのか
数学で○がつく。
その瞬間、
私たちは簡単に、
「この問題はできる」
と判断します。
しかし、本当にそうでしょうか。
たまたま直前に似た問題をやっていた。
公式を覚えた直後だった。
解説を読んだ記憶が残っていた。
学校でちょうど習ったところだった。
それでも○はつきます。
だから私は、
1回目の○を、それほど信用していません。
これは生徒を信用していないという意味ではありません。
むしろ、
人間の記憶を信用していない。
昨日できたことを、
人間は普通に忘れます。
だから、
一度できた問題を、
もう一度やらせます。
■ 二次関数で起きていたこと
この高校1年生も、
二次関数をかなり進めました。
例題を解く。
PRを解く。
正解する。
また次へ進む。
ところが、記録を細かく見ると、
面白いところがあります。
例題91。
2問中0問。
しかし、その直後のPR91は、
1問中1問。
例題96も、
2問中0問。
ところがPR96は、
2問中2問。
私は、こういう記録が好きです。
「数学ができる」
「数学ができない」
では何も分からないからです。
0問から、
その場で修正して、
次では取れている。
これは失敗ではありません。
学習が起きた記録です。
逆に、
最初から全部○だったとしても、
1ヶ月後に全部忘れていたら、
まだ施工途中です。
■ ワカスクでは「間違い」を消さない
生徒の記録には、
普通に、
12問中9問。
10問中7問。
3問中0問。
と書きます。
見栄えは悪い。
塾の宣伝だけを考えるなら、
100点や学年順位だけ載せたほうがいいのかもしれません。
でも、それでは、
何が起きているのか分からなくなります。
私は、
間違えた数こそ残したい。
なぜなら、
そこに次にやることが書いてあるからです。
3問中0問なら、
3問とも穴がある。
3問中2問なら、
穴は1つになった。
次に3問中3問になったなら、
一度は穴が塞がった。
とても単純です。
勉強を、
才能やセンスの話から、
「残っている穴を一つずつ塞ぐ作業」
に変えられます。
■ 中学生では、もっと露骨にやる
これは高校数学だけではありません。
中学生の学校ワークでは、
もっと分かりやすく出ます。
地理。
九州地方。
最初は、
27問中20問。
もう一度やる。
27問中27問。
別の範囲は、
25問中20問。
もう一度やっても、
25問中20問。
さらにやる。
25問中24問。
そして別の日。
同じ九州地方をやると、
27問中22問。
一度27問中27問を取ったのに、
また5問落としている。
これが、
人間の記憶です。
100点を取った。
だから完成。
ではありません。
100点を取ったものでも、
普通に崩れます。
だからまたやる。
■ 4周する理由
ワカスクでは、
定期テスト対策で学校ワークを何度も回します。
場合によっては4回。
「そんなに同じ問題をやったら、答えを覚えるだけでは?」
そう思われるかもしれません。
実際、
答えを覚える問題もあるでしょう。
それでも私は、
まず回します。
なぜなら、
最初から「完全な理解」を求めると、
多くの生徒は進まないからです。
1回目。
分からない。
2回目。
「ああ、これか」
3回目。
少し速くなる。
4回目。
ほとんど止まらない。
その途中で、
どうしても理解できない問題が残る。
そこで初めて、
説明が必要になります。
つまり私は、
全部を教えてから解かせているわけではありません。
まず解かせる。
間違わせる。
もう一度やらせる。
それでも残ったところを見る。
教えるのは、
そこからです。
■ 「教えない塾」に見えることがある
ワカスクの教室は、
かなり静かです。
私が黒板の前で、
ずっと授業をしているわけではありません。
生徒は、
それぞれ違う教材を開いています。
ある子は黄チャート。
ある子は英単語。
ある子は学校ワーク。
私は、
記録を見ながら、
次に何をやるかを決めていきます。
外から見ると、
「先生は何をしているんだろう」
と思われるかもしれません。
でも、
私が一番見ているのは、
○ではなく、×です。
どこで止まったか。
何回目で取れたか。
一度取れた問題を、
次も取れたか。
その記録から、
次の教材、
次の範囲、
次の周回を決めます。
■ できる子とは、何なのだろう
私は以前、
数学ができる子というのは、
難しい問題を一発で解ける子だと思っていました。
もちろん、
そういう子もいます。
でも、教室で毎日記録を取っていると、
別の「できる子」が見えてきます。
間違える。
直す。
もう一度やる。
また忘れる。
またやる。
そして、
以前より少し速くなる。
その繰り返しを、
嫌がらずに続けられる子です。
才能の話ではありません。
ものすごく地味です。
ただ、
その地味な作業を数ヶ月続けた子の記録を振り返ると、
最初とは別人のようになっていることがあります。
だから私は、
一度の100点には、
それほど興奮しなくなりました。
むしろ、
一度100点を取った問題を、
数週間後にもう一度やらせたときのほうが気になります。
そこで、
また100点を取れるのか。
それとも、
崩れるのか。
崩れたら、
また戻せるのか。
「できた」は、点ではない。
もしかすると、
何度崩れても、
また「できる」に戻せる状態のことなのかもしれません。
まだ、分かりません。
だから明日も、
一度○になった問題を、
もう一度開かせます。
(『ちりぬるを』第7話 了)

コメント