【ちりぬるを】――勉強する子は、どうやってつくられるのか【第6話】

第6話 「覚えた」は、いつ「使える」に変わるのか

8月26日。

高校生が英単語をやっています。

教材は『ターゲット英単語1900』。

この日の記録は、

901〜1050語。

そして前日は、

601〜700語の復習。

さらにその前を見ると、

701〜900語。

その前には600〜800語。

その前には451〜600語。

夏休みに入ってから、毎日のように英単語が記録に残っています。

珍しいことではありません。

この夏、ワカスクでは何人もの高校生が、同じように英単語を進めています。

1日100語。

200語。

ときには、それ以上。

私は以前なら、

「そんなに覚えて、本当に定着するのか」

と思ったかもしれません。

今は少し違います。

むしろ気になるのは、

なぜ私たちは、英単語をそんなにゆっくり覚えようとしてきたのだろう。

ということです。

■ 「1日10個ずつ覚えよう」

英単語の勉強というと、

1日10個。

多くても20個。

確実に覚えてから次へ進む。

そんな方法をイメージする人は多いと思います。

理屈としては、とても正しい。

10個なら丁寧に覚えられます。

翌日テストして、

全部書けるようになってから次へ進む。

しかし、『ターゲット1900』を1日10語で進めたら、

単純計算で190日かかります。

半年以上です。

しかも、1900語目に着いた頃には、

1語目を覚えている保証はありません。

だからワカスクでは、逆のことをやっています。

一度で覚えようとしない。

その代わり、

何度も会う。

■ 100語を完璧にしない

100語やる。

当然、忘れます。

翌日になれば、

「あれ、これ何だったっけ」

という単語が出てくる。

それで構いません。

また見るからです。

1〜100。

101〜200。

201〜300。

と進みながら、

前にやった範囲へ戻る。

そしてまた進む。

この夏の記録には、

「新規」と同じくらい、

「復習」

「往復」

という言葉が並んでいます。

ある高校生は、

1〜800語を往復しています。

別の高校生は、

1〜250語を復習し、

翌日は251〜450語。

その後も範囲をずらしながら繰り返しています。

一度で100%にするのではない。

70%。

80%。

あるいは、それ以下でもいい。

また会う。

そして、また会う。

すると、最初は知らなかった単語が、

いつの間にか、

「見たことがある単語」

になります。

さらに繰り返すと、

考えなくても意味が出てくる単語に変わっていく。

私は、その変化を毎日見ています。

■ 英単語は「暗記」なのか

英単語を覚えるというと、

机に座って、

単語帳を開いて、

一語ずつ頭に叩き込む。

そんな「暗記」のイメージがあります。

でも、生徒たちを見ていると、

少し違う気がします。

むしろ、

顔を覚えることに近い。

毎日会う人の顔を、

「今日は絶対に暗記するぞ」

と思って覚える人はいません。

何度も会う。

何度も見る。

そのうち、

見た瞬間に分かるようになる。

英単語も、同じことが起きているように見えます。

だから私は、

「この100語を今日完璧に覚えなさい」

とは考えません。

今日会う。

明日も会う。

数日後にまた会う。

忘れていたら、もう一度会う。

忘れることを前提に、接触回数を増やす。

それが、この夏にやっていることです。

■ 1ヶ月で1500語

この方法で、

実際に1ヶ月ほどで1500語付近まで進んだ生徒が複数出てきました。

ただし、

ここで私は、

「1ヶ月で1500語覚えられます」

とは書きたくありません。

1500語まで「進んだ」ことと、

1500語を「使える」ことは、

まったく違うからです。

英単語帳を見れば答えられる。

選択肢なら分かる。

英文の中なら分かる。

日本語を見て英語が出てくる。

英作文で使える。

全部違います。

だから、

1500という数字だけを見て、

成功したとはまだ言えません。

むしろ実験として面白いのは、

ここからです。

■ 単語帳の外に出た瞬間

英単語を覚える目的は、

単語帳を解けるようになることではありません。

英文を読むためです。

この夏、単語を進めてきた高校生たちは、

英文法へ入り、

英文解釈へ入り、

長文へ進んでいきます。

そこで初めて、

単語帳で何度も見てきた単語と、

英文の中で再会します。

その瞬間、

「あ、これターゲットにあった」

となる。

私は、この瞬間がかなり重要だと思っています。

単語帳の中だけに存在していた知識が、

初めて現実の英文とつながるからです。

そして、ここから、

単語帳の学習が本当に意味を持っていたのかが分かり始めます。

■ 速く回すことには、弱点もある

もちろん、この方法にも問題があります。

大量に進めるため、

細かい語法まで覚えていない。

派生語が弱い。

スペルを書けない。

似た単語を混同する。

そういうことは普通に起きます。

だから、

「大量高速暗記が正解」

と結論づけるつもりもありません。

ただ、一つだけ、

この夏の教室を見ていて感じることがあります。

高校生が英語で止まる原因のかなりの部分は、

英文法でも、

英文解釈でもなく、

もっと手前にあるのではないか。

単純に、知っている単語が少なすぎる。

文章を開く。

知らない単語がある。

次の行にもある。

その次にもある。

これでは、

英文を読む以前の問題です。

■ 英語が苦手な子ほど、英単語から逃げる

これは少し不思議です。

英語が苦手な生徒ほど、

単語を覚えたがりません。

長文問題を解こうとする。

文法問題を解こうとする。

学校の課題をやる。

でも、

知らない単語が大量に残っている。

私はそこで、

まず単語帳を渡します。

100語。

また100語。

次の日も100語。

華やかさはありません。

偏差値もすぐには上がりません。

模試の判定も変わりません。

ただ、

知らない単語が少しずつ減っていく。

そして数週間後、

英文を読ませます。

すると、ときどき生徒が言います。

「前より読めます」

私は、この言葉が好きです。

偏差値ではありません。

点数でもありません。

でも、

昨日まで記号のように見えていた英文が、

少しずつ「文章」に見え始めている。

これは明らかな変化です。

■ では、1500語覚えたら英語は伸びるのか

ここからが、この実験の本番です。

この夏、

1000語。

1200語。

1500語。

それぞれの地点まで進んだ高校生がいます。

では、

彼らの英語は本当に伸びるのでしょうか。

模試の長文は読めるようになるのか。

『ルールズ』の英文は速くなるのか。

共通テストの英文量に耐えられるのか。

英検にもつながるのか。

まだ、分かりません。

だから記録します。

何語進んだかだけではない。

その後、

何が読めるようになったのか。

どこで止まったのか。

単語を大量に覚えても伸びなかったなら、

それも書きます。

逆に、

英語が苦手だった子が、

ある地点から急に読み始めたなら、

その瞬間も書きます。

この夏、

ワカスクの教室では、

毎日のように高校生が単語帳をめくっています。

100語。

200語。

また100語。

傍から見れば、

ただ同じ本をめくっているだけです。

でも私は、

その地味な反復の先で何が起きるのかを見ています。

「覚えた」は、いつ「使える」に変わるのか。

そしてもう一つ。

英語が苦手だった子は、いったい何語目から「英語が読める子」に変わり始めるのか。

まだ答えはありません。

だから、明日もまた、

単語帳を開きます。

(『ちりぬるを』第6話 了)

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