【熊本からの大学受験】合格へのグランドデザイン⑤​〜我が家の意思決定〜【いろはにほへと:第48回】

​すべてのカードは揃った。

中1からの通知表、これまでの定期テストの推移、客観的な現在地を教えてくれた模試のデータ、そして間違いだらけの答案用紙。

​私たちは、内申点の正体を見極め、合格ラインという幻を排し、残された時間をどこに集中させるべきかの視点も手に入れた。

​いよいよ今日、リビングのテーブルにすべてのデータを並べ、我が家だけの戦略を完成させる。

​ここで、私は「議長」である親御さんたちに、最も重要で、最も冷徹な、塾長としての「意見」を伝えておかなければならない。

親が決めた計画は、どこまでいっても親の計画である。

子ども自身が自分のデータを直視し、納得して決めた計画だけが、本当の意味での「我が家の戦略」になる。

​ここまで本書を読み進めてくれたあなたなら、もうお分かりのはずだ。

戦略会議の主役は、親ではない。人生のハンドルを握るべき、子ども自身だ。

​■ 議長としての親、当事者としての子ども

​リビングの机の上にデータを広げたとき、親がやってしまいがちな失敗は、先回りして「あなたの弱点はここで、残り時間はこれだけだから、この理科の暗記に時間を使いなさい」と指示を出してしまうことだ。

それでは、子どもは再び「誰かが決めた正解」をこなすだけの、他人軸の席に座らされることになる。

​親の役割は、解説者になることではない。

ただ、問いを投げかける議長に徹することだ。

​「ここに、これまでのデータがある」

「この大問別の正答率と、残り時間を見て、自分ではどう思う?」

​ただ、ここで勘違いしてはならない。

そう問いかけたからといって、子どもが突然ドラマのように目覚め、「僕は今日から生まれ変わって、この戦略で行く!」などと、流暢に自立の言葉を紡ぎ出すわけではない。

​現実の15歳は、もっと不器用で、もっと不確かに揺れている。

​問いかけられても、ただ面倒くさそうに黙り込むかもしれない。

親の顔色をうかがって適当な返事をするかもしれない。

その日に一応の計画を決めたとしても、翌週には元のスマホ漬けの生活に逆戻りして、親を失望させるかもしれない。

​だが、それでいいのだ。がっかりする必要は、1ミリもない。

その日すぐに答えが出なくても構わない。迷ってもいい。一度決めた約束が翌週に揺れてもいい。

大切なのは、自分のデータという冷徹な現実を見つめながら、自分の頭で「どうするか」を考え始めること、そのものなのだから。

​教育の現場は、劇的な感動ドラマでは動かない。

グラグラと揺れながら、進んでは戻る、小さな変化の積み重ねの先にしか、本物の自立はない。

​■ 誰もが、自分の人生の戦略家になる

​リビングの机の上には、通知表がある。模試の結果がある。

そこにある数字は、決して完璧なものではない。

むしろ、課題だらけで、目を背けたくなるような現実かもしれない。

​それでも、構わない。

​現在地は見えた。

ゴールも見えた。

その距離の縮め方も、自分の頭で考え始めた。

​あとは、決めるだけだ。

​誰かが作った既製品の正解ではない。

世界にたった一つしかない、我が家の正解を。

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