【熊本からの大学受験】親はなぜ焦るのか⑤〜親の卒業式〜【いろはにほへと:第28回】

〜親の卒業式〜

​春。高校入学から、数週間が経った何でもない平日の夜。

​夕食が終わり、お風呂から上がった子どもは、制服を脱ぎ捨てて自分の部屋へと戻っていく。

しばらくすると、自室から友達とLINEで話しているような、楽しそうな笑い声が微かにリビングまで聞こえてくる。

​ふと見ると、リビングの棚の上には、高校から出された分厚い春休みの課題が置かれたままだ。

おそらく、今夜はもう手を付ける気はないのだろう。

​数ヶ月前、あのはりつめた中学3年の冬であれば、私はきっと耐えきれずに声を荒げていただろう。

「課題は終わったの?」

「高校は最初が肝心なのよ、スマホばかり見ていて大丈夫?」

​言いたくないわけではない。

今だって、その言葉は喉元まで出かかっている。

けれど、その夜、私はその言葉を、胸の奥へとそっと飲み込んでみる。

​そして、静まり返ったキッチンで気がつくのだ。

ああ、私はこれまで、この子の人生を代わりに生きようとしていたのかもしれない、と。

​■ 親の本当の仕事

​私たちは、我が子を愛するがゆえに、いつの間にか「子どもを成功させること」が親の第一の義務であるかのように思い込んでしまう。

​しかし、本当にそうだろうか。

​子どもがどんなに素晴らしい結果を出しても、それは親の成果ではない。

子どもがどんなに派手に転んで遠回りをしても、それは親の失敗ではない。

なぜなら、どこの制服を着ていようとも、その人生はどこまでも「子どものもの」だからだ。

​親の本当の仕事とは、子どもを成功のレールに乗せることではない。

子どもが、成功しても、失敗しても、たくさん遠回りをして寄り道をしても、「これが自分の人生だ」と、自分の足で歩いていくことを、ただ許してあげること。

それだけなのかもしれない。

​私はこの熊本の地で17年間、何百組もの親子を見送り、その後の人生を風の便りに聞いてきた。

​第一志望の大学受験に失敗した子。

入った会社で悩み、進路を変更した子。

大学を休学して、誰も知らない世界へ飛び出していった子。

世間の物差しから見れば、「スマートな成功」とは言えない、たくさんの遠回りをした子どもたちの姿を、私は知っている。

​そして17年が経った今、私の記憶に鮮烈に残っているのは、誰が熊高に受かったか、誰が済々黌の制服を着ていたか、という記録ではない。

どんなに傷つき、不器用であっても、最後は他人の目を離れ、「自分の足」で立っていたかどうか。

私の心に残っているのは、その誇らしげな一本の背骨だけだ。

​子どもには、自分の物語を生きる力がある。

そして、私たち親にもまた、子どもとは別の、自分自身の物語があるはずなのだ。

​■ さあ、私も

​夜、11時。

リビングの灯りはまだ静かについている。

​子どもは部屋で何をしているか、もう分からない。

勉強をしているのかもしれないし、まだスマホを見ているのかもしれない。

けれど、私の心は、以前ほど不安の波にのまれてはいない。

​あの頼りなかった子どもは、もう自分の足で、不確実な未来の荒野を歩き始めている。

だったら、私もハンドルを手放そう。

​リビングの机の上を見渡してみる。

かつてあれほど夜な夜な睨みつけ、私を焦らせ、狂わせていた模試の判定表は、もうどこにもない。

​使い終わった湯のみを流し台へ片付けながら、私は鏡に映る自分の顔を見て、小さく微笑む。

​「さあ、私も続きを生きよう。」

​子どもが親から卒業していくのではない。

親が「管理者」という重い役割を卒業し、再び一人の人間に戻って、自分の人生を歩き始める。

それが、私たちが心の中で迎える、本当の卒業式なのだ。

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