偏差値の高い高校に行けば、大学受験も有利になるのか?
「1点でも高く、少しでも偏差値の高い高校へ進学させたい」
高校受験を控えた保護者であれば、誰もがそう願うものである。
「よりレベルの高い環境に身を置けば、それだけ大学受験も有利になるはずだ」というこの常識は、一見、至極真っ当な正論に思える。
しかし、高校受験というフィルターを通り抜け、その先の「大学受験のリアル」を数多く見届けてきた立場から言わせてもらうと、この常識には恐ろしい盲点がある。
では、なぜ多くの保護者が「偏差値の高い高校に行けば大学受験も有利になる」と考えるのだろうか。
理由は単純である。実際に難関大学への合格者は、偏差値の高い高校から圧倒的に多く出ているからだ。
しかし、ここで一つの重要な見落としがある。
「難関大学に合格者が多いのは、その高校の指導が優れているからなのか。それとも、もともと高い学習体力を持った生徒が集まっていただけなのか」
私たちは、華やかな進学実績を見ると「この高校が我が子を育ててくれる」と考えがちである。
だがもし、高校入学時点で既に圧倒的な学習体力を持っていた子が、ただその高校の看板を背負って結果を出しただけだとしたらどうだろうか。
もしそうなら、高校の偏差値(ブランド)だけを追いかける進路選択は、前提から根本的に見直さなければならなくなる。
前回まで「学校と子どもの気質の適合性」について触れたが、今回は、この「高校の実態と、子どもの学習体力の適合性」という視点から、偏差値神話の裏側を暴いていきたい。
1. 進学校という名の「爆速超特急」に見えるもの
伝統ある上位校や実力派の私立校が誇る進学実績は、確かに魅力的である。
だが、先ほどの問いを踏まえ、なぜその実績が出るのかという「仕組み」を冷静に見極める必要がある。
結論から言えば、これらの高校のカリキュラムは、例えるなら時速300キロで疾走する新幹線「に見える」というのが正しい。
高校が伴走してその速度まで引き上げているのではなく、その速度に最初から耐えられる生徒だけが、結果的に車内に残り続けているのだ。
中学時代から、
- すでに自走する学習体力が備わっており、自分で勉強のサイクルを回せていた子
- 基礎的な読み書きや計算の土台が盤石で、新しい知識をスムーズに吸収できる足腰がある子
こうした、もともと「高校のスピードで走る準備(学習体力)」ができている子たちにとっては、この環境は最高の駆動エンジンになる。
周囲の基準の高さに刺激を受け、さらに加速して難関大へと突っ込んでいくことができる。
高校が育てたというよりは、もともと持っていたポテンシャルが、環境によって邪魔されずに開花した形に近い。
問題は、「中学時代に、手厚いサポートや徹夜の猛勉強で、なんとかギリギリ背伸びをしてその車両に滑り込んだ子」が乗車したときである。
2. カリキュラムの速度と「学習体力」のミスマッチ
高校に入った瞬間、英語も数学も、中学時代の数倍の分量とスピードで容赦なく授業が進んでいく。
毎日、大量の宿題と小テストの山が降ってくる。
時速100キロの体力しか持たない子が、時速300キロの新幹線に放り込まれるとどうなるか。
最初のうちは何とか必死に食らいつこうとするが、手元の学習体力(基礎の習熟度や復習にかける時間)が追いつかないため、次第に「授業の内容が頭を素通りしていく」という構造的なエンストを起こし始める。
ここで保護者が知っておくべき残酷な真実は、「時速300キロで走る新幹線は、途中で動けなくなった乗客のためにスピードを落としてはくれない」ということだ。
どれだけ本人が真面目で努力家であっても、日々の課題を消化するだけで精一杯になり、一度置いていかれた知識の遅れを取り戻す余力は残されていない。
どれだけ高校のネームバリューが立派であっても、「学校の進むスピード」と「わが子の現在の学習体力」の適合性が破綻していれば、その環境は強みを伸ばす場所ではなく、自信を失わせる場所に変わりかねない。
3. 高校選びは、3年間で最も「成長」できる環境選び
一方で、あえて一段階ゆとりを持った高校に進学し、その環境の「上位層」をキープし続けることで、驚くような大化けを果たす子たちがいる。
自分の現在の学習体力に合った環境であれば、日々の課題に押し潰されることなく、自分の頭で深く考える「余白」が生まれる。
「常に学年上位にいる」という成功体験は、子どもの自己効力感を爆発的に高め、気がつけば、当初の高校の偏差値からは考えられなかったような難関大への切符を、総合型選抜や学校推薦、あるいは一般入試の自力で掴み取っていく。
大学受験において、高校のブランドが自動的に合格を保証してくれることなど、1ミリもない。
高校選びは、決して偏差値の優劣を競うゲームではない。
本当に大切なのは、「高校3年間という時間の中で、我が子が最もエンストを起こさずに成長できる環境はどこか」という視点である。
我が子が高校入学時に何番手スタートかではなく、高校卒業時にどこまで高く、遠くへ成長できるか。
それこそが、環境選びの本質である。
しかし実は、この高校選び以上に、多くの家庭が陥っている恐ろしい思い込みがある。
それが、「進学校に入りさえすれば、自動的に大学受験の準備が進む」という幻想である。
次回は、この思い込みが引き起こす悲劇、
【大学受験の思い込み編②】進学校に入ったのに、なぜ成績が下がるのか(進学校の落とし穴)
について、さらに深く切り込んでみたい。

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