私の経歴等について~エピソード12~

学歴・経歴

前回書いたように、第3回新司法試験をスキップ、もとい回避した訳ですが、ここからの2年間は全く記憶がありません。本当に記憶が無くなることってあるんですね。なにせ、2年間で会ったのは、家族とセブンイレブンの店員ぐらいですから。多分、勉強をして食事をして寝るという、相撲部屋の力士みたいな生活をしていたんだと思います。ただ、起きた時に夕方になっていて、黄昏時で悲しくて泣いていた記憶はあります。

試験を回避した年に、父から行政書士試験を受けてはどうかと持ち掛けられました。新司法試験と科目がほぼ重なっていたので、何もせずに受験しました。結果は、当たり前のように合格。この時は、「こんな資格持っていてもなぁ」と思っていましたが、司法試験に合格できなかった今となっては、1つでも資格を持っていて良かったですね。

通信で論文模試を取っていたので、期限近くになると慌てて書いて夜中に郵便局に出しに行っていたことは覚えてます。第4回目の新司法試験は、前回悪かった科目の修正ができずに同じく大失敗。前回合格点を取っていた科目が、1教科失敗するという結果。合格者は2000人を超えたものの、不合格でした。この時、どんな気持ちだったのかも覚えていません。ただ、父と母は、もう試験勉強自体を止めさせた方が良いのではないかと話してたようです。

この頃は、せっかく許容範囲で収まっていた安定剤の服用も、段々と多くなってきてました。あまりにも生気のない顔をしてたので、母に連れられて心療内科に行くと、「これはいかん!!一からやり直しっ!!」と、なぜか力強く言われました。キチンとした食事と睡眠をとることと、勉強時間を5時間に抑えることを言われました。実家に戻り、朝から一軒家に行き、5時間勉強して実家で夕食を取るという生活を始めました。残りの受験勉強の余生を、規則正しく生活して、最後の試験に臨みました。

結果は、1回目から悪かった1教科が、結局克服できませんでした。今考えると、その教科は6時間という一番長い教科だったため、病気持ちの私には少々きつかったのかもしれません。前回悪かった教科は合格点に達したものの、他の1教科が悪くなり、結局新司法試験の攻略法は分からないまま、「第三次受験戦争」は終わりを迎えました。このことは、私の弁護士になるという夢の終わりも意味しておりました。19歳から始まった受験生活に終止符を打つことができて、悔しい反面、解放されたという安ど感もあったことも確かです。

リバース、もとい遡ること最後の受験直後から、ある会社に正社員で採用されて、発表の時は働いていました。人生で初めての会社勤めが始まります。

タイトルとURLをコピーしました